さをりとは、手織りで自己を表現するというアートです。均一・均質が多い織物の常識や既成概念から抜け出し、それまでは間違い・失敗と言われていたものを『人間だからこそ成しえる技なんだ』と考えます。
機械にはできない、人間ならではの織りを目指す。お手本通りではなく、その人それぞれの個性を重視します。出来上がるものがオンリーワンになるように、するとそこには織り手の感性がにじみ出ています。

 

「城みさを」は、哲学ともいわれる思想を確立させた、さをり織りの創始者です。

 

今から4年前の2018年1月10日、みさを先生は104歳で他界しました。
2日前まではお元気で、さをりの森代表・研三さんとともに出勤されていましたが、長く苦しむこともなく、大往生でした。

 

さをり織りは1969年に、さをりとして始動しました。
みさを先生はへそ曲がりだったそうで、研三さんからはいろんな逸話をお聞きすることができます。男はこう、女はこうあるべき。という風潮にずいぶん昔から疑問をお持ちだったようで、いわゆる女性らしいとは少し違ったようです。そうじゃなければ、既成概念を打ち破ることはできなかったのかもしれません。

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タテ糸に入っていた一筋の模様をみさを先生は模様だと考えていました。しかしそれは織り職人の目から見ると失敗作でした。
普通ならそこで、じゃあ次は間違えないようにしようって思いますよね。失敗と言われて意気消沈しちゃうかもしれません。そう、普通は。
しか~しへそ曲がりのみさを先生はそこで奮起し、気付きます。
「私は模様に見えるのになぜだろう。そうか、一筋やと失敗になるのなら、もっと筋を入れると模様に見えるのでは?」
それから、なぜ筋ができたのかを考えます。それは、次に間違わないためではなく、模様に昇華させるためです。そうやってたくさんの筋を入れた帯を織りました。

 

自らの感性を重視し、自分自身がどうしたいか、心地いいのか悪いのかなどを感じながら織るさをり織り。
失敗しても、間違えてもいい。それをどう受け止め、感じるかは自分次第なのです。失敗したところが楽しくなればそれでいい。楽しくならなかったのなら、そう思った自分を受け止めて次の糧にすればいい。
人間なんだもの、間違えて当たり前ですものね。

 

みさを先生の曲がったおへそのおかげで生まれたこの思想は織りだけではなく、日常生活の中でも当てはまるところが多いため、50年過ぎた今も変わることなく、人々の心のよりどころとなっています。

 

さをり織りをする人にとってみさを先生が提唱した理念は、空気のように馴染んでいます。馴染みすぎて、あらためて考えたりお話しすることが少なくなっている人もいるのではないでしょうか。
みさを先生の御命日やお誕生日などにみさを先生のこと、そしてさをりと自分の関わり方など考えてみませんか。

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